駅周辺ではマンションや商業施設、ミュージアムの建設が進み、ますます活気を見せる海老名市。しかし、駅から数分車を走らせると、たちまち田畑が広がります。今回伺った市川農園も、海老名駅西口から車で5分ほど。代々受け継ぐ土地で、果樹や野菜、米を育てています。
今回は地元野菜をふんだんに使ったケータリングやお弁当を作っているフードコーディネーターの澤田彩織さんと、海老名市下今泉にある市川農園を見学しました。
幼少期に駆けまわった畑で祖母との二人三脚がスタート
市川農園 代表の市川晋さんと祖母のヨシエさん
この農園で育った市川さん。物心が付いた時から、祖母であり市川農園の大黒柱であるヨシエさんのあとをついてまわり、野菜や果物がすぐそばにある生活だったのだそう。その頃から「実」のなるものが大好き!
大学を卒業した後は野菜の宅配会社に就職し、生産者と消費者をつなぐ仕事をするかたわら、休日にはヨシエさんがひとりで切り盛りする農園をサポートしていました。2019年に会社を退職し就農。ヨシエさんから農園を引き継ぎ、今に至ります。
早速、市川さんに農園を案内してもらいました。
祖父と曽祖父からのバトンを受けとった柿の樹
7月の柿の樹。糖度が高く食感もいい富有柿は「柿の王様」と呼ばれている
ここにある柿の樹は樹齢どれくらいなんですか?
樹齢60年ほどです。僕の祖父と曽祖父が、「富有柿が美味しいらしい」という話を聞きつけて植えたと聞いています
代々大切に育てられていたんですね。
市川農園の柿の樹は、いわゆる成熟した樹です。成熟した樹になる実は、若い樹とはまた違った味だと思っています。樹自体が十分育ちきっているからこそ、柿の実という子孫にパワーを注ぐことができるんです。そういう点で、味に違いがでると考えています。
小さいながらもみっちりとした肉質がうかがえる
まだ柿の実は500円玉くらいの大きさですね。これが秋には橙色になるんですね〜!収穫できる頃には、景色もガラッと変わるんだろうな。
柿は秋のイメージですよね。でも最近は冬でも暖かい日が多く、だんだんと収穫時期がずれているんです。今年も12月になってからかな。
市川農園の柿の栽培方法に特長などがあればお聞きしたいです。
まず、花が咲く前に実の数を決めて、余分な蕾は落とすようにしています。ひとつの枝に1個くらいでしょうか。花を咲かすために、樹はたくさんのエネルギーを使います。残した実に全エネルギーを費やせるような環境にしてあげることで、栄養や旨みがぎゅっと集まるんです。この育て方にはリスクがありますが、美味しい柿を育てるために妥協はしません。
台風が来たり鳥に食べられたりもしますよね。それなのにすごい!熱意を感じます。
12月の様子。濃い橙色があざやか
そのほかに、「樹上完熟」といって実が熟すまで収穫をしていません。通常、店舗に並ぶまでの時間を計算して熟す前に収穫するのですが、やはり樹上完熟は甘みが違います。これは小規模農園だからこそできることと言えますね。
とっても贅沢な環境で育つのですね!これは栄養たっぷりでおいしいはず。
冷蔵熟成柿にも力を入れています。奈良や岐阜のような柿の名産地ではメジャーな保存方法なのですが、海老名ではあまり聞かないと思います。2019年にはじめました。
どんな味になるんですか?
柿を0℃設定の貯蔵庫に入れて1ヶ月ほど熟成させるのですが、低温という柿にとって過酷な環境におくことで、凍るまい!と自己防衛し糖分を作り出します。それによって甘みや旨みがぐっと増すんです。
なるほど!どうして冷蔵熟成柿をはじめたんですか?
柿が獲れない時期にも食べられるようにしたいと考えたのと、僕の興味です。柿を冷蔵庫に入れることである程度の期間とっておくことはできますが、長期保存はできません。でも、なるべく長く楽しみたいじゃないですか?それで冷蔵熟成柿をはじめたんです。
通常の柿よりも美味しくなるということですか?
それは一概には言えないんです。確かに冷蔵熟成柿にすることで甘みが増しますが、収穫したばかりのフレッシュさを味わうことはできません。それぞれの良さを楽しんでもらえると嬉しいです。ただし、冷蔵熟成柿に使用する柿は、収穫した中でも色・形・硬さに基準を設け厳選しています。厳選された上質な柿を使っているという点では、味に自信があります。
ブルーベリーの摘み取り園オープンを目指す
オープン予定の2022年にはもっと大きく成長するのだそう
市川農園では他にもたくさんの果樹を育てています。今の季節だと、梅やスモモですね。そのほかに、ブドウやイチジク、栗なども育てています。この場所では、ブルーベリーの摘み取り園ができるように、ブルーベリーの樹を育てているんです。
ここにはどれくらいの品種が植えられているんですか?
30種類くらいです。比べてみるとわかりますが、ブドウのような味や酸味のある味など品種によって様々です。食感でいうと皮がパリッとしたものやもっちりしたものがあり、それぞれ香りも違います。そんな違いも楽しんでもらえると思います。
味見をしたブルーベリー。甘くてジューシー
ぷっくりした実がたくさん!かわいい。
日本の土はブルーベリーには合わないといわれているのですが、養液栽培という手法を取り入れて育つ環境を整えています。
摘み取りはいつからはじめるのですか?その時のために、おいしい実の見つけ方を聞いておきたいです!
2022年6月を予定しています。軸までムラサキ色をしているものが熟した実です。あとはちょっと触っただけでポロッと取れる実を探すといいですよ。
摘み取りは食育にもつながりますよね。駅から歩ける場所で体験できるって貴重だなと思いました。
畑では祖母から受け継いだ多品目栽培を行う
ミルキースイーツという品種のとうもろこし。これまで食べたことのない甘さ!
量は多くないですが、多品目の野菜を育てているのも市川農園ならではです。今まさに旬なのが、とうもろこし。朝5時に収穫しています。LINEで予約を受け付けているのですが、ありがたいことに今年もたくさんの予約をいただいています。
とうもろこしを食べると夏を感じます。濃い黄色が食欲をそそりますね。
トマトは露地栽培なので、ハウス栽培のように水分量の調整ができません。でも、露地栽培には露地栽培のよさがあって、野生味あるトマトだと思います。
トマトもあまーい!味が濃いですね。畑には夏野菜がいっぱいですね!私、夏野菜を料理するのが一番好きかもしれません。見ているとワクワクします。
農園を引き継いだとお聞きしましたが、おばあさまも畑に出られているんですね。
そうなんです。動いていないと落ち着かないようで…。本当に働き者で尊敬すべき祖母ですね。
うわ〜なんてパワフル!
本当はもっと休んで欲しいのが本音です。セーブして欲しいんですけど、動きたい気持ちが勝ってしまうようで、自分が畑に出ると祖母も休まず出てきてしまうんです。今でも現役で、農業の話で言い合いになることはしょっちゅうです(笑)。
生産者の思いを消費者へ
生産者である市川さんと消費者への橋渡し役である澤田さんのトークは食への思いが詰まっている
料理の仕事をはじめて、たくさんの生産者さんにお会いしてきました。その中で、規格外には価値がないという考えに疑問を抱いているんです。こんなにも手をかけて育てられて、充分おいしいお野菜なのに「規格」ってなんなんだろう?って。
そうですね。自然災害でついた傷などは農家には辛いところです。市川農園の柿の場合は、傷がついた柿を「ドライ柿」に加工をする工夫をしています。ちなみに加工は母の担当です。
ドライ柿も楽しみです!私にできることといえば、お野菜をおいしくて身体に優しいお惣菜にすること。規格外だからといって価値を落とさず、消費者さんにも手間暇かけて作られた野菜の価値を伝えていきたいです。
地域の人に親しまれるオープンな農園を目指す
ところで、さっきから気になっていた市川農園のTシャツ、ポップなデザインでかわいいですね!
プロにデザインしてもらったロゴです。この中にはうちで育てている野菜や果物が入っているんですよ。
おしゃれだし、一気に親しみやすくなりますよね!
取材日の直売所の様子。午後には品薄になる日も!
市川さんのお野菜や果物はどこで購入できるんですか?
基本的に市川農園入口にある直売所です。あとは同じ海老名市にある飲食店のお惣菜に使ってもらったり、お店の前で曜日限定の直売をしたり。直売所の販売スケジュールは毎週月曜日にSNSで発信しています。
直売所ではQRコード決済ができるようになっているんですね。珍しい!小銭がなくて欲しいお野菜が手に入らないのは悲しいので、購入する立場からするととても嬉しいサービスです。
直売所でのキャッシュレス決済は珍しいのか、好評いただいています。
最高に新鮮なお野菜を直接消費者に届けられるのは、住宅地の中にある農園ならではですね。売る側にも買う側にもメリットがある。
料理も好きなので、「こういう食べ方をするといいよ〜」とか「こんな料理にしたらおいしかった」とか、そんな話をするのも楽しみのひとつです。もともとお客様と会話するのが好きなので、農家のイメージをオープンなイメージに変えたいですね。Twitterでは直売所情報のほかに市川農園の日常などもつぶやいています。海老名での農業に可能性を感じることができたのも、実はSNSの力が大きいといえます。LINEで予約を取ったり、SNSで発信したりしていると、消費者の方とのコミュニケーションが生まれます。
海老名の駅近で農業をするということ
田植えをしたばかりの水田にはおたまじゃくしがたくさん泳いでいる
ご覧いただいた通り、大規模農園ではないんです。いろんなものを少しずつ作っていますし、大きな流通も通していません。その分新鮮でリーズナブル、種類が多いのもお客様から喜んでもらえています。直売所に来てくれる消費者と生産者、互いに顔を見ることができて、話ができる関係性もいいなと感じています。
旬の食材が手軽に買えますよね。私も旬を大切にしたいので、直売所に行くのが大好きなんです。直売所のお野菜から季節を感じることもあります。
まさに!旬のものを地元の人に届けたいという思いがありますね。海老名駅から徒歩圏内にあるというのも市川農園の強みだと思っていて、これからも小規模ながらもたくさんの人に立ち寄っていける場所にしていきたいです。
住宅に囲まれた市川農園の水田。
市川さんが子どもの頃は、この周辺にもっとたくさんの農地があったんですか?
今よりもっと田畑がありましたね。うちの田んぼからは竹林や桜も見えたんですよ。それも今ではなくなり、この地域の農地も少なくなりました。
少し寂しい気持ちになりますね。どんなに開発が進んでも、こんなほっとする場所が残っていて欲しいなとも思います。
田畑が減った分ここで暮らす人は増えており、地場産の野菜や果物の需要があるということもわかりました。うちの野菜や果物を楽しみにしてくれる人がいることは励みになります。開発される街の中でも、先祖代々守ってきてくれた田や畑、果樹をこれからも大切にしていきたいですね。